映画『浜の記憶』を記録する

映画『浜の記憶』がどのように企画・製作・公開されたかを、監督の大嶋拓が綴ります。うたかたの記憶を、とこしえに記録するために…

2018年09月

久々に在宅。27、28日の素材を通し見。
夕方、シーン24用の200万円の札束を、古新聞を使って作る。まあ、実際には封筒に入った状態なので、ここまで作り込まなくてもいいのだが、変なこだわりが強いもので…。

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台風24号の接近にともない、関東は大荒れの天気に。JR東日本は、首都圏の列車の運行を20時頃で順次終了とする。首都圏全線で「計画運休」が実施されたのがこれが初めてとのこと。夜になって雨風ともさらに強まるが、朝には通り抜けるようなので、明日の撮影は予定どおり行うと加藤さんと勇希ちゃんに電話、メールで通達。「シーン16、17(名所巡り)、そして時間に余裕があるようならシーン4を撮影する予定」と伝える。

午前中、家をお借りしたSさんに御礼の電話をしたところ、何やらご機嫌が悪い。聞けば、おとといの夜帰宅してみたら、冷蔵庫のコンセントが抜けたままになっていたという。そういえば、渡辺さんの出番の最後にオンリー(セリフ)を録る際、「ビー」というノイズがうるさかったため、コンセントを抜いた覚えがある。それををそのままにしてしまったのだ。明らかにわれわれのミスである。あわててSさん宅に出向いて平謝り。合わせて、置いてあった撮影備品をすべて引き上げる。

とにかく、これで室内シーンはすべて終了。撮影もいよいよ後半戦である。

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撮影6日目。天気予報どおりの快晴。朝一番で勇希ちゃんに連絡し、シーン11(海水浴)の撮影を行うと伝え、12時に鎌倉駅東口で合流。前回(16日)は材木座の海岸で撮影したがうまくいかなかったため、今回は由比ガ浜に場所を変えてリベンジを試みる。江ノ電で長谷駅まで移動して由比ガ浜へ。その道すがら、シーン後半の由希の長ゼリフはカットすることにしたと勇希ちゃんに伝える。海水浴のあと、沖まで泳いで行こうとした由希を繁田がとがめるこのシーン、完成作品ではさらっと終わっているが、実はシナリオでは続きがある。もともとの場面はこんな感じだった。


11 長谷の海岸

 由希、浜辺を泳いでいる。波に逆らうように、割と沖の方まで、すいすい泳いでいく。
 海岸で見ていた繁田、少し心配になり、「戻ってこい」と手招きして合図をする。
 由希、それに気がつくが、繁田が手を振っているものと勘違いして手を振り返し、なおも沖に向かう。
 繁田、顔色を変えて由希に、「戻れ」と必死に合図を送る。
    ×      ×      ×
 由希、涼しげな顔で戻ってくる。
繁田「(険しい表情で)あんなに沖まで行ったら危ないよ。もしものことがあったら……」
由希「(軽く)そんな、大丈夫ですよ。これでも泳ぎにはそこそこ自信があるんで」
繁田「(強く)海を甘く見ちゃダメだ。あのあたりは急に深くなってて、地元の人間も溺れたことがある」
由希「(気押され)ごめんなさい……」
 少し気まずい沈黙。由希、その場に座り込み、足元の砂をいじり始める。
由希「……泳いでるうち、何か気持ちよくなっちゃって……。海の向こうに本当に神様がいるんなら、どこまでも泳いでいけば、神様のところにたどり着けるのかなって……」
繁田「そんな……」
由希「一瞬、ほんの一瞬ですけど、そんなことが頭に浮かんで……。もし、あのまま、私がこの世から消えちゃっても、多分、誰も私のことなんて、気にとめないんじゃないかと思って……」
繁田「そんなことないよ。どうしてそんな風に思うんだよ」
由希「(表情を変え、明るく)冗談ですよ。心配かけてすみませんでした(と立ち上がる)」
繁田「……」

といった感じで、これがほぼ唯一、由希が自分の孤独な心情を言葉にするシーンである。一見明るく健康的な由希もまた、孤独を抱えて生きているということが明らかになり、繁田も一層由希を愛しく思うようになる…というのを狙ったのだが、こういう心情ゼリフはどう撮ってもドラマの流れが止まってしまうし、いささか唐突でもある。そしてまた、何日か撮影して見てわかったのだが、彼女にはやはり笑顔が一番似合う。繁田(あるいは加藤さん)の心をときめかせるのも、そのまぶしい笑顔に他ならないことを思うと、あまり由希のアンニュイな部分は見せない方がいいように思えてきたのである。
以上のような理由で、由希がその場に座り込むところ以降はバッサリ切ることを決め、そのことを、長谷に移動する江ノ電の中で勇希ちゃんに伝えたわけだが…。
勇希ちゃんは、「あー、なるほど…」と少し考え、納得してくれたようだったが、その表情には、いささか残念な様子が見て取れた。やはりこういうことは、事前にきちんと伝えるべきだったと、こちらも少々反省させられた。

実際、これらのセリフはもともとのシナリオにはなく、勇希ちゃんがヒロインに決まった後、一時精神的に疲弊して引きこもっていた彼女の心情を、ブログなどから私なりに斟酌して書き加えた、コラボレーション的なものだったのである。それだけに彼女も気にいってくれ、当然、すべてを頭に入れてくれていた。しかし、追加したセリフというのは、やはりどうしても浮いてしまうもので、結局、最初の形に戻したというわけである。

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そのあたりの話を終えたあと、海岸で、念願の海水浴シーンを撮る。文字どおり雲ひとつない快晴で天気的には言うことなし。平日なので、サーファーの姿も少ない。時折り、画面に入ってくるサーファーもいたことはいたが、何とかそれをよけつつ、イメージに近いものがカメラに収まる。撮影がスムーズにいったのは、言うまでもなく、16日に一度同じアクションをしていたからである。やはり何事も無駄ではないのだ。

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勇希ちゃんの遊泳シーンをひととおり終えた時点で、加藤さんに電話をして浜に来てもらう。加藤さんは15分ほどで到着。さすが地元民。引き続き、由希が泳いでいる様子を見ている加藤さんのリアクションをまとめて撮り、最後に、2人のやりとりを3テイク撮って終了。今日はウッチーがいないためカンペはなしだったが、セリフが短いので加藤さんも難なくこなす。

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ちなみに初めて勇希ちゃんの水着姿を見た加藤さん、「若いねえ、ピチピチしてるねえ」と細い目を一層細めていた。
浜にはすでに海の家もなく、シャワーを浴びられる場所もないため、撮影終了後、一度加藤さんの家まで行き、勇希ちゃんはそこでシャワーを浴びて着替えをする。
「わー、リアル加藤さんちだ」
と感動して、台所の炊飯器の中をのぞいたりする勇希ちゃん。

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時間はすでに14時半を回っていたが、勇希ちゃんと私の昼食がまだ。「どこか近くで食べよう」と話しているうち、「香山」に移動して昼食を取れば、その後すぐ店の前で繁田と由希が歩いてくるシーン19を撮れることを思いつき、急遽津田さんに電話を入れて「香山」へ。加藤さんはすでに昼食を終えていたので紅茶を飲み、勇希ちゃんと私はビーフカレーと紅茶。日が傾くまで待って19の撮影。それほど長いシーンではないのでワンシーンワンカット。テイク4まで撮って終了。ここも当然カンペなしだが、加藤さんはどうにか乗り切る。そしてシーン最後の、繁田を見送る由希の顔。特に指示をしたわけではなかったが、今後の物語の展開を暗示するかのような微妙な表情になっていたように思う。

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勇希ちゃんとは由比ガ浜の駅の手前で別れ、私は置いてあった三脚などを取りに加藤さん宅に戻る。その際加藤さんは、これまでの撮影を振り返りながら、ぽつぽつと話をしてくれる。
「…まさかこの年になって、映画の主役をやるなんて夢にも思わなかった。おかげさまで、毎回撮影が本当に楽しいよ。勇希ちゃんは『真夏の夜の夢』に出てくる妖精・パックみたいだね。好奇心旺盛でいきいきしてる」
1946年(昭和21年)6月、すなわち加藤さんが鎌倉アカデミア演劇科に入学した翌月、帝国劇場で新劇合同公演「真夏の夜の夢」が上演されたのだが、本番の前日、授業の一環でその総稽古を見学したのだという。その時に見た、パック(演:高杉妙子)の飛んだり跳ねたりしていた姿が、今の勇希ちゃんとダブるのだという。実に70年ぶりの再会というわけだ。
また、渡辺さんは仲代達矢氏の主宰する無名塾出身だが、加藤さんは1956年に「裸足の青春」(監督:谷口千吉)という映画で若き日の仲代氏とも共演しているので、その弟子筋の彼女と芝居ができるのは感慨深かったようだ。
「梓さんの芝居は隙がないね。本当にきちっと作りあげてる。こっちも負けるものか、という気持ちになるよ」
好対照な2人の女優さんと共演できて、とてもご満足の様子。こちらも、そういう作品をコーディネイトできてよかったとしみじみ思う。

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 ↑ビーチサンダルで撮影したら1時間ほどでこの焼けかた。秋の紫外線も凄い!

撮影5日目。またしても雨。予報では昼過ぎにはやむとのことだったが、いつも悪い方に転ぶので油断はできない。しかも連日の雨のせいか、ずいぶんと冷え込みが厳しい。最高気温は17度で10月中旬なみ。
スタッフ(私とウッチー)は10時にSさん宅集合、俳優さんは10時40分集合としていたが、ウッチーは30分近く早く着いて、すでに部屋の作り込みを始めていた。ちなみに私と加藤さんは同じバスで10時少し前に到着。ウッチーと2人で持参した暗幕と黒紙を使って一部の窓の遮蔽を行う。

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全員集合の後、最初に、おととい撮影したシーン3のセリフの一部オンリーを録ってから、本日やるシーンの確認。フルメンバーが揃って机を囲むというのもこれが最後となる(全員見事に上着を羽織っており、冷え込みのきつさがわかる)。

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まずは由希と智子、そして繁田がからむシーン23を昼すぎまで撮影。これが夜のシーンであるため、窓の遮蔽が必要だったのである。全部で10カット以上ある5分程のクライマックスシーンということもあり、これまでにない緊迫した雰囲気の中で撮影が進む。

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ラストカットの加藤さんへのカンペ出しも、チームプレイ(なんと5枚のカンペを3人がかりで見せるという離れ技)でうまくこなし、約2時間でどうにか終了。一同、胸をなで下ろす。

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予報どおり雨も上がったので、遅めの昼食(これが最後となるバニーの弁当)を取ったあと、15時過ぎから材木座の浜辺で3人が揃うシーン18を撮る。浜は風も強く、思った以上の肌寒さだったが、俳優陣は半袖やノースリーブで熱演。それにしても雲が厚く、画面も寒々しいのはいただけない。

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しかし、2カット目、智子が繁田に声をかけるカットを撮っているうちに、にわかに雲間から太陽がのぞき始める。貴重な直射日光、あわてて2カット目のOKテイクを撮り、その後の繁田と由希のフォトセッションカットを撮る。

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夕方の浜辺は思いのほか散歩者が多く、加藤さんの知り合いが、本番中にもかかわらず声をかけてきてNGとなる一幕も(このフォトセッションのカットは、編集の際、シーンの冒頭に持ってきて、どうにかシーン全体が晴れているように見せることができた)。

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夜になるのを待って、智子が繁田に由希のことを問いただすシーン20、さらに智子が由希を連れて家に入るシーン22Aを撮って、渡辺さんの出番はすべて終了。同時に、繁田の家のシーンはひととおり終わったことになる。

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わずか2日の現場ではあったが、加藤さんと渡辺さんの父子は思った以上に馴染みがよかったようで、2人は抱き合って別れを惜しむ。渡辺さんの出番が終わると、この現場もゴールが近づいているのを感じる。

渡辺さんは、明日からは無名塾公演のお手伝いがあるとのことで、あわただしく現場を去って行くが、勇希ちゃんは現場撤収のあいだ、加藤さんとスマホの顔入れ替えアプリで遊んでいた。加藤さんは携帯ともPCとも無縁な生活を送っているため、こういうものを見るのは初めてのようで、しきりに感心している。それにしても、この二人もいつの間にかずいぶん親しさを増している。劇中の繁田と由希そのままといった感じでなんとも好ましい。

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少しお疲れ気味の加藤さんとは鎌倉の駅で別れ、勇希ちゃんとウッチーと私は、駅前の居酒屋で軽く1杯飲みつつ明日以降の打ち合わせ。明日の天気予報は晴れとのことで、勇希ちゃんは明日、海水浴のシーン11を撮ることを提案。
「もうすぐ10月に入るし、撮れる時に撮っちゃわないと」
というのはまさに正論。私としては、今日は結構ハードだったので、明日はオフにしたいところなのだが…。最終判断は明日の朝ということにする。

撮影4日目。本日から渡辺梓さんが参加。

撮影予定シーンは、18、3、21、22で、関係者にもそのように通達してあったのだが、またしても雲ゆきが怪しい。天気予報では昼ごろから雨だという。シーン18は、初めて繁田、由希、智子の3人が揃う大事な場面。場所は海岸なので、当然、雨では撮れない。しかし午前中なら何とかなりそうだと判断し、朝7時の時点で、10時にSさん宅集合と決める。自分とウッチーは9時15分に鎌倉駅で待ち合わせ、駅前の東急ストアで、シーン3で使う食料品をいろいろと購入。そして逗子行きのバスに乗り込んだら、あろうことか、早くも雨がパラパラとフロントガラスに。
「降るのは昼からって言ってたじゃん!勘弁してよ!」
と、朝から泣きたい気分。

10時には、加藤さん、勇希ちゃん、渡辺さんと全員が揃うが、すでに雨は本降りになっており、とてもシーン18が撮れる状況ではない。仕方なく、まずは一度全員で今日と27日に撮るシーン全部の本読みを行い、引き続き、シーン3の撮影。

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繁田と智子が、あまり息の合った親子ではないことを観客に伝える場面である。渡辺さん扮する智子は、父に対するわだかまりを滲ませつつ、決して大げさにならず、さすがの一言。加藤さんも、渡辺さんとの芝居にご満悦な様子。これまで出ずっぱりだった勇希ちゃんが、初めて、共演者の演技を「観る」立場になり、先輩二人のからみを凝視している姿も印象的だった。このシーンはワンシーンワンカットということもあり、正午すぎには終了。

夜のゲストハウスのシーンまでかなり時間が空いたので、まずはゆっくり昼食を取ることにする(といっても例のごとく「バニー」の弁当だが)。
弁当を開く時、勇希ちゃんが、
「もし食べきれないものとかあったら、私食べますから。捨てちゃうのもったいないんで」
と言う。
実は前回の撮影の時、私も友井さんも(ストレスのためか)あまり食欲が湧かず、ご飯もおかずも半分近く残していたのだ。それを勇希ちゃんはしっかり見ていたのだろう。たしかに彼女の言う通り。私はすぐ、自分の弁当から、少し多いなと思われるおかずを彼女にシェアし、加藤さんも同様に、
「これ、持ってって」
と、自分の弁当を差し出す。
これ以降、こうしたシェアが当然のように行われ、現場から食べ残しがほとんどなくなったのは喜ばしいことであった。
それにしても、勇希ちゃんの食べっぷりのよさといったら! やはり若さだろうか。はたで見ていても実に気持ちがいいものである。

午後からは、27日に撮る予定の20と23のリハーサルを入念に行う。ウッチーにとってはカンペ出しの練習となる。

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17時前に石渡宅を出て、バスを2本乗り継ぎ、「香山」へ。加藤さんはここでの出番はないのだが、津田さんとは旧知の間柄のため、撮影に立ち会うことに。18時半には、エキストラの人たち(ウッチーのお友だちなど5人)も揃う。19時過ぎ、お店をゲストハウスのラウンジに見立ててシーン21の撮影開始。

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 ↑蛍光灯の光が少し強いので、ディフュージョン(というかレジ袋)をかけているウッチー

このシーンは、由希が貝殻をいじりつつ、物思いにふけっているカットから始まる。
私としては、由希が海岸で拾った貝殻を、ただテーブルに並べる様をイメージしていたのだが、リハーサルで勇希ちゃんは、その貝殻を積み重ね始める。

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「あ、そうじゃなくて…」
と喉まで出かかるが、彼女の動きを見ているうち、そうやって積み重ねていた貝殻の塔が、智子の出現によってもろくも崩れる、とした方が、ドラマの流れからいって効果的、かつ象徴的であるように思えてくる。積み重なる貝殻を、繁田と由希がともに過ごした時間に見立て、それを、門外漢である智子が一瞬にしてブチ壊すというわけだ(智子は決して悪役ではないのだが、この時の繁田と由希にとって闖入者であることは否定できないだろう)。そういうコンセプトのもと、智子が「どうも、先程は」と不意に声をかけ、驚いた由希が手元の貝を落とし、塔が崩れるという展開にする。このように、俳優の何気ない動きから新しい芝居の流れが生まれるということはままあるものだ。

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由希が貝殻を積む最初のカットは一発OK。しかし次のカットは、智子がラウンジに入って来て由希のいる奥のテーブルまで歩き、声をかけて外に誘うまでを、ワンカットで移動しながら撮ることにしたのだが、なかなかカメラワークが難しい。さんざんリハーサルをやった上、本番も4テイクまで撮って、どうにかOKとなる。エキストラの人たちも、毎回ガヤガヤやっていただいてお疲れ様でした。

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その後は、幸い雨があがっていたため、お店のすぐ前で、由希と智子が夜道を歩いているシーン22を撮る。このシーンはやや遠景だったため、渡辺さんの衣裳にピンマイクを仕込む。終了は20時少し過ぎ。オーナーの津田さんが一同に、自慢の紅茶をふるまってくれる。

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 ↑参加者が10人を超えたのはこれが最初で最後でした。

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