映画『浜の記憶』を記録する

映画『浜の記憶』がどのように企画・製作・公開されたかを、監督の大嶋拓が綴ります。うたかたの記憶を、とこしえに記録するために…

2018年09月

天気予報はくもりだったのに、見事にはずれ、ほぼ1日快晴。
勇希ちゃんも体を明けてくれていたし、こんなことなら、今日、海水浴のシーンを撮ればよかったと大いに悔やむ(午前中の時点ではこうなると思えなかった)。

さて、明日は雨模様との予報で、雨雲レーダーを見る限り、間違いはなさそうなのだが、降り出すタイミングを今夜の段階で判断するのは難しい。繁田、由希、智子が揃うシーン18を朝一番に撮るかどうか、明日の朝7時に最終判断することにし、関係者にその旨を伝える。

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撮影3日目。朝から雨。しかし室内撮影なので特に大きな問題はなし。10時、Sさん宅集合。この日はウッチーがNGのため、「ウルトラマン研究読本」や「特撮秘宝」の編集に携わっていて、以前から加藤さんと関わりの深いライターの友井健人さんが1日助監督(現場ヘルプ)として参加してくれる。「消え物」の準備から弁当の買い出し、果ては台所にあったウォーターサーバーを、画面に写らない玄関口まで移動したり、2階のふすまを1階の居間に設置したり、といったセットの作り込みまで、まさに八面六臂の大活躍であった。

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まずは、熱中症で倒れた繁田を由希が介抱する、割と長めのシーン6からスタート。セリフも多いため、初めて加藤さん用のカンペを用意して臨むが、めくる友井さんもそれを読む加藤さんもすぐには感覚がつかめず、かなり難航する。結局この1シーンだけで午前中いっぱいかかってしまう。

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昼食は歩いて数分のところにある「バニー」の弁当(去る16日、海水浴シーンの撮影のあとに初めて利用し、それ以降も、Sさん宅での撮影の日の昼食はすべてこの「バニー」の弁当となる。近くにはほかに店がないのだ。ちなみに「バニー」はチェーン店ではないのだが、ちゃんと店のテーマソングがあり、それが常に店内に流れている。注文待ちの勇希ちゃんが、その曲に合わせてふわふわ踊っていた姿が印象的だった)。

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14時すぎ、撮影再開。繁田を介抱して、そのまま泊まりこんだ由希が、翌朝目を覚まし、回復した繁田とともに朝食を食べるシーン9。これもまた、かなりの時間を要する。魚を焼くとか、大根をおろすとか、食事をするとか、そういう「消え物」がらみの場面は何かと面倒なことが多いのだ。リテイクすればするほど、演技も鮮度がなくなっていくし、いろいろと厳しいものがある。

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次に、海水浴を終え、シャワーを浴びた後の由希の無防備な態度を、繁田が軽くいさめるシーン12。これは、バスタオルを巻いた由希が、一度すりガラスの向こうに行き、そこで服を着て出てくるまでをひと続きで見せたかったため、ワンシーンワンカットで撮ったのだが、加藤さんに出すカンペのタイミングがなかなか難しく、10テイク以上もカメラを回すことに。勇希ちゃんは何度も着たり脱いだりで大変だったと思うが、嫌な顔ひとつせず同じ芝居を同じテンションでこなしてくれる(ちなみにこのシーン、映画を見た複数の人から、彼女は実際にすっぽんぽんだったのかと聞かれたが、さすがにそんなことはなく、上はヌーブラ、下は水着用のインナーショーツを付けての撮影だった)。

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最後に日暮れを待って、夜更けに繁田が目を覚まし、部屋の隅で寝ている由希に気づくシーン8を撮る。明かりのついていない(という設定の)部屋の照明というのは案外難しいもので、照明スタッフもいないため、かなり微妙なビジュアルになる。あとは仕上げの際に色や明るさを調整するしかない。18時半、撮影終了。段取りや時間に追われ、素直に「いいな」と思えるシーンが撮れなかったことが実に心残り。

帰りは駅まで友井さんと一緒。「軽くメシでもどうですか」とお誘いするが、彼はまだ片付けなくてはならない仕事があるとのことで、そそくさと駅近くの喫茶店に消えていく。お忙しいところ本当にありがとうございました。

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撮影2日目。さいわいなことに今日は上天気。13時30分、江ノ電の長谷駅改札集合。御霊神社例大祭と、面掛行列(神奈川県の無形民俗文化財に指定)を繁田(加藤さん)と由希(勇希ちゃん)が見物している様子をドキュメント風に撮影。

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この2人の顔合わせは今日で2回目だが、もうすっかりなじんだ感じ。なかなか収まりのいいツーショットだと思う。加藤さんは地元だけあって、次々に知り合いに遭遇。「長四郎網」のメンバーとも神社の前でばったり。この中には来週の撮影でお世話になる「香山」の津田さんの姿も。

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メインイベントというべき面掛行列は14時40分ごろから。思いのほか見物客が多く、撮影には苦労するが、どうにかこうにか、異形の集団の行進と、繁田&由希のペアを同じ画面に収める。行列の最後尾には、臨月の「おかめ」と、産婆役の「とりあげ」がおり、「おかめ」のお腹をさするのが安産祈願になるらしいので、いつかは母になるかも知れない勇希ちゃんにもそれをやってもらう(このシーンも本編に使用)。

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炎天下の撮影は少々体に堪えたので、通りにある喫茶店で少し休憩。その後、和田塚の駅まで移動し、初めて、セリフのある場面を撮影。前の晩、繁田の家に泊まった由希が、1日を終えて、帰っていくシーン13である。

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喫茶店やホームのベンチで、何度もリハーサルをしてから本番に臨んだのだが、やはり、加藤さんのセリフ覚えがかなり怪しい。30秒程度の掛け合いでも、後半の言葉が出てこないことが多く、NGが続く(ご本人は、これくらいは覚えられると言っていらしたのが、やはり年齢を考えると厳しいようだ)。夕方のシーンなので、日が暮れたら撮れなくなってしまう。少々あせりつつ、どうにかこうにか2カット撮ってセリフのある部分は終わり。その後、江ノ電に乗り込んだ由希を繁田が手を振って見送るカットを数回撮り、今日の撮影はすべて終了。

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全編アドリブでOKだった祭り見物の場面は、天気にも恵まれ、比較的いい画が撮れたと思うが、芝居部分に関しては課題山積。加藤さんはNGを出せば出すほど表情も声もこわばり、それが伝染するように勇希ちゃんの演技も萎縮していく。こうした事態を避けるには、加藤さんに完璧にセリフを覚えてもらうしかないのだが、それが生物学的に無理ということであれば、カンペを使う以外方法はないのだろうか…。

最悪の事態。14、15日とも雨模様で、まったく撮影ができなかった。勇希ちゃんは4日間もスケジュールを空けておいてくれたというのに…。まさに「雨男」モード全開といった感じで、ホトホト悲しくなる(注:私=大嶋拓はかなり度数の高い雨男のようで、1993年の夏に初の劇場用映画『カナカナ』を撮った時には、夏のむし暑い雰囲気を狙っていたのに、ひと夏ほとんど太陽が顔を出さず、9月に入って気象庁が梅雨明け宣言を撤回したという悲しい逸話がある)。
今日の予報は、 気象庁では「くもり」、 ウェザーニュースでは「くもり一時晴れ」、とまあまあ。4日も役者さんをキープしておいて1日もカメラを回さないのはあまりにシャクなので、朝9時に勇希ちゃんに「今日は撮影します」と電話、11時すぎ、鎌倉駅東口で合流する(やはり景観の違いがあるので、三浦海岸での撮影は却下し、ご当地で撮影することに)。というわけで、これがこの作品の一応のクランクインとなる。

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鎌倉からバスに乗り「光明寺」で下車。光明寺は言わずと知れた鎌倉アカデミア発祥の地。材木座海岸は、ここから歩いて数分だ。しかし、現地まで来たのはいいが、どうにも天気の回復が遅い。しばらく様子を見ることにし、せっかくだからと、勇希ちゃんを光明寺にご案内。山門から本堂、三尊五祖の庭と呼ばれる枯山水、盛りは過ぎたがいまだ蓮の花が残る記主庭園などを見て回る(もちろん「ここに鎌倉アカデミアありき」の碑も)。勇希ちゃんはなんと御朱印集めが趣味で、常に御朱印帳を持ち歩いているという。というわけで、この光明寺の御朱印もいただくことに。撮影だか観光だかわからなくなってきたが、クランクインを前に、加藤さんの俳優生活の出発点となった場所を見てもらったことは、大いに意義があったと思う。

さて、材木座の海岸に行ってみると、ウインドサーフィンの大会か何かが行われているらしく、浜にはおびただしい数のサーファーが(何じゃこりゃあ!)。そうか、今日は平日ではなく日曜だった。しかも、空は思いきり鉛色で、それを映した海も当然のように鉛色。こんなんじゃあカメラを回してもなあ…と、気持ちも萎え果てるが、勇希ちゃんは、
「せっかく来たんだから、テストのつもりでやってみましょう。私も海には何年も入っていないし、いろいろテストってことで」
と、明るく誘ってくれる。この日の気温は25度くらいで海に入るにはやや涼しい。しかも昨日おとといの雨で海水の温度も下がっている。こんな状況で海に入れて風邪でも引かせたら…と、正直かなり躊躇するが、勇希ちゃんはもうすっかりその気。近くの公衆トイレでささっと着替えると、鉛色の海に向かって歩き出す。その姿はザ・自然児という感じで、実にすがすがしい。こちらも覚悟を決めてカメラを回す。

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鉛色の海に入ると、沖をめざし、悠々と泳いでいく勇希ちゃん。水泳は得意と言っていたとおり、きれいなフォームだ。風がないためサーファーはほとんど沖に出ていない。これで太陽が顔を出していれば文句なしなのだが…。

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やがて、一連のアクションを終えた勇希ちゃんが、笑顔で戻ってくる。寒くなかったかと聞けば、全然平気だという。かくて、これが『浜の記憶』の記念すべきファーストカットとなる。

ひととおりの撮影を終え、材木座を去ろうとしていたところ、どうしたわけかいきなり太陽が顔を出し、10分くらいでまたたく間に快晴となる。まったく気まぐれな空である。勇希ちゃんはサーフショップの温水シャワーを浴び、着替えをすませたあとだったが、せっかくの太陽だからと、嫌な顔ひとつぜずまた水着に着替え、再度海に入って先ほどと同じアクションをしてくれる。

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しかし今度は、波待ちをしていたサーファーが大挙して海に出たため、それらが邪魔になりあまりいい画が取れなかった。あちらを立てればこちらが…という感じである。

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しかし、勇希ちゃんはあくまで前向き、
「今日で感じがつかめたから、次はもっといい動きができると思います」
と嬉しいことを言ってくれる。

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15時、近所の弁当店「バニー」で、かなり遅い昼食。その後バスで鎌倉駅に戻って江ノ電に乗り、車内で揺られている由希のバストショットを、稲村ケ崎~七里ガ浜~鎌倉高校前の区間で撮影。こちらはしっかり本編で使用することになった。

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表情について特に指示は出さなかったのだが、撮影したものをあとから見ると、何とも物憂げな、いわくありげな面差しになっている。ふだんは笑顔でいることが多い勇希ちゃんだが、笑顔を消した時の「素」の顔は、こんな憂いを帯びているのか、と、少なからず「はっ」としたのであった。

朝8時すぎに起きて空を見ると、ぶ厚い雲が垂れ込めている。これじゃあしょうがないと、9時の時点で中止と判断、勇希ちゃんにその旨電話で伝える。しかし昼になるころには、空がかなり明るくなってくる。これだったら撮影できたじゃないか、と後悔することしきり(これ以降も、天気に関しては判断を誤ることが多かった)。

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午後から材木座と由比ガ浜の海岸に出向き、撮影ポイントの絞り込みを行う。しかし、鎌倉の海岸は材木座にしろ由比ガ浜にしろ、すでに海水浴場を閉じており、海に入るのは自己責任ということになる。俳優の安全を考えるなら、9月30日まで遊泳が可能な三浦海岸まで行って撮影するのが得策なのかも知れない。しかし、海岸の形が違うのは、見る人が見ればすぐわかってしまうし…。これもまた悩むところである。

帰り、長谷駅前の100円ショップで、浜辺で履くためのビーチサンダルを購入。9月中旬でもまだ販売しているのは、さすが海沿いの町といった感じ。

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